2022年度前期 お茶大大学院輪読ゼミの記録// Michael Spock (2013) Boston Stories The children’s museum as a model for nonprofit leadership.

2021年度後期に引き続き、2022年度前期もお茶の水女子大大学院
人間文化創生科学研究科 人間発達科学専攻 保育・児童学コースで科目等履修生をしました。

●読んだ文献
Michael Spock (2013)

Boston Stories:The children’s museum as a model for nonprofit leadership.

https://www.bcmstories.com
本文はウェブ上で無料で読むことができます。

アメリカマサチューセッツ州ボストンにある、Boston Children’s Museumの運営の舞台裏を、館長マイケルスポックと歴代ディレクターたちが書き記した実践の記録です。

ボストンチルドレンズミュージアムは、”Hands-on”( 触ってみる、やってみる)を前提にした展示で、1970〜80年代当時の博物館の常識を覆し、現在に至るまで世界的な注目を集めている子ども向け博物館です。

0〜3歳の幼い年齢も含む子どもたちだけではなく、 保護者もゆっくりと学ぶことができる、子どもの遊びと学びを見守ることが保証されている場である、ということが一つの魅力だと思いました。

この本では、試行錯誤を繰り返し模索ながら、様々な展示を実現してきたスタッフたちの創意工夫が綴られています。

日本でも、子ども向けの展示を行っている博物館はありますが、少数に限られていてアクセスは難しく、また子ども向けと謳っていても本当に子どもの遊びを保障しているのか疑問がある展示も少なくありません。

日本にも博物館、美術館が子どもの居場所として認められるようになってほしいと願っています。本書はそのヒントが詰まっていると思います。

●発表を担当した章

今回は、以下の章を担当し発表しました。

Chapter 7 Managing Organization 組織の運営
Elaine Heumann Gurian(エレイン・ホイマン・グリアン)

著者はおよそ15年間チルドレンズミュージアムに勤めたのち、世界中の博物館の新規設立、建設、改革やビジターセンターのコンサルタント・顧問を務めている人です。

本章では、ボストンチルドレンズミュージアムの組織運営の工夫が記されていました。

少しですが、ポイントだと思ったところを引用します。

・上司は皆、部下が成長し、技術をつけ、自信をつけていくのを見るのが楽しみだった。
• 何よりも大切なことは、このミュージアムで働く一人一人が「互いに学びあえる」と信じていることだ。

 

・「私たちらしくない」(“It doesn’t feel like us.”)、これはよく言われる言葉だった。共有されている 価値観に反するため拒否すべき、という意味で広く理解されていた。

 

・家族という単位での福祉が仕事の中に組み込まれていた。 子どもの「バイオリン演奏会」に出席するために休暇を取ることを認めていた。子連れ 出勤も可能だった。赤ちゃんはオフィスにベビーベッドを置き、会議中に授乳すること ができた。全員が仕事をしなければならない時はベビーシッターを雇い、子供達が遊べ るように会議室を用意した。

 

・仕事とプライベートが意図的に混ざり合っていた。 このような気風は、仕事の質を下げなかった。むしろ、仕事の質を高めるものだと考えていた。 監督、査定、評価の方法は、徹底的かつ公正に作られていた。

 

・管理職は少し給料が高い程度でそれ以上の特権はなかった。スタッフは階層に関係なく、全ての 仕事に特別な専門性があり、それぞれの領域でリーダーシップを発揮することができると信じて いた。

 

・ほとんどのスタッフは、一人で問題を解決するよりも、集団で解決した方がより良く、よりクリ エイティブになると考えていた。集団の努力は賞賛され、楽しまれた。

 

・私たちは集団の仕事(collective work)をするために、会議に会議に会議を重ねた。組織的に重要な事柄はオープンに意見を集めた。誰もが自分の関心ある意見を述べることが推奨された。会議室は人でごった返した。

 

・アイディアやシステム、戦略を「借りる」ことはフェアな行為だと考えていた。会議のより良い方法について、お互いのスタイルを研究し気に入ったものを採用した。経営に関する文献を読み、試した。プロセスや新しいことを学ぶのが好きだった。営利、非営利問わずシステムを借りた。

 

・Thinkers (考える人と研究者)が、他のスタッフの上に立つと考える他の博物館とは異なり、ヒエラルキーはなかった。

 

●7章の感想

レジュメを作りながら持った私の感想を共有し、ディスカッションしました。

・内部文化と組織内の共通用語を作り、新しい村を作っているような印象。それを成し遂げる上で、肝になっていたのはミーティング文化に現れる対話で、運営に関することはもちろん、プライベートま で情報を行き交わせることだったと読んだ。

・7 章の最後に、In-House Glossary 組織内の用語集が 2 ページ掲載されている。その意味は 何か。彼らは対話を通じて、組織内部に共通言語を作っていった。共通言語ができるという ことは、価値観を共にする行動がなされるということ。これが It doesn’t feel like us.という内部文化の醸成と組織の成功につながったと考えられる。

・TCM のリーダーシップは、「リレーショナル・リーダーシップ」に似ていると思った。 TCM ではリーダーシップが対話によって開かれ、個人が組織のビジョンに積極的に関わっ ていた。リレーショナル・リーダーシップについては以下を参考にした。

出典:『現実はいつも対話から生まれる』2018
ケネス・ガーゲン&メアリー・ガーゲン著、伊藤守監訳 原著”Social Construction: Entering the Dialogue” 2004

P100
個人のリーダーシップから関係性のリーダーシップへ
―中略―
ウィルフレッド・ドラスの著書『紺碧の海―リーダーシップの源を再考する(The Deep Blue Sea : Rethinking the Source of Leadership)』(未邦訳)における「関係性のリーダーシップ(リレーショナル・リーダーシップ relational leadership)」についての記述はひとき わ大きな影響力を持っています。

リレーショナル・リーダーシップが生まれるのは、対話に参加する人たちがリーダーシップの役割と行動を自分たちの間で創造するときです。ドラスはこれについて、リーダーシップとは「リーダーの所有物ではなく、そのコミュニティの一つの側面」として理解されるものだと解説します。

ビジョンや目標は一人の人間が作り上げるものではなく、関係者たちの間の対話から生
まれるものです。組織を率いるという仕事はメンバー間で分かち合われます。

―中略―

リーダーシップに関係性の視点を持ち込むことで、革命的な結果がもたらされます。例を挙げると、リーダーをひたむきで明確なビジョンを持った人物と見なすのをやめた途端に、メンバーがリーダーの役割を引き受けるようになります。
ただ漠然と指示を受けて日々を過ごすのではなく、方針や実践に個人的投資を行うため、積極的に関与するようになるのです。

―中略―

さらに、組織倫理も向上するでしょう。密室で一部の人間が決定を下すと不正が起きやすくなります。広範囲にわたる対話によって正直さという共通の慣習が広まりやすくなるでしょう。